9.年相応の物忘れと、認知症の違い

前項FAST Stage 2 は「年相応の物忘れ」にあたります。それでは、年相応の物忘れとは何でしょうか。
年相応の物忘れの特徴として、

  • ふとした拍子に思い出す
  • 物忘れの自覚はある(忘れたということは覚えている)
  • 生活に支障は来さない
  • 食事の内容は忘れるが、食事をした事は覚えている

等々です。想起の障害が中心で、神経病理学的にもアルツハイマー認知症と一応区別できます。

一方、病的な(認知症を疑う)物忘れの特徴は以下の通りです

  • 何度も同じ事を言ったり聞いたりする
  • 物のしまい忘れがあるが、しまった事自体を忘れる(そして、盗まれたという)
  • 出来事全体を忘れる
  • ヒントやきっかけがあっても、思い出せない
  • 昔のことは(よく)覚えているが、新しいことを覚えられないし、忘れる(初期の場合。晩期になると、昔のことも忘れていく)

年相応の物忘れにより直接的に影響を受ける能力には、以下のような説があります。*1

  1. 処理速度の低下:高齢になると、ゆっくり説明されないと理解できなかったり、テンポの速い作業について行けなくなったりします。これは、加齢と共に情報処理の速度が顕著に低下することに由来します。
  2. 作業記憶機能の低下:作業記憶の理論では、記憶には情報を貯蔵する部分と、処理するための容量・システムの部分があると仮定されていますが、高齢者ではとくに後者の機能が低下するといわれています。
  3. 抑制機能の低下:日常生活にはさまざまな情報があふれているが、われわれが目の前の仕事や作業を行えるのは、無意識的あるいは意識的に、関連する情報を選択し、関連のない情報が思考に入り込むのを制御しているためと考えられています(抑制機能)。このため、高齢者では気になった話題から離れられず目の前の話題に集中できないことや、他の忠告を聞かずに思いこみや早合点によって行動をとることがよくみられます。


次に、以下のグラフをご覧下さい。

*2
縦軸はIQで(WAIS-R, 教育年数で調整済み)、横軸が年齢です。
赤で示しているのが、動作性IQです。動作性IQとは、記憶力・集中力・計算力・処理速度などで、ピークは20〜24歳(プロサッカー選手の平均引退年齢は25歳)です。年齢とともに大幅に低下し、70〜74歳では80まで落ちてしまいます。これが、年相応(正常加齢)の物忘れに当たります。
青で示しているのが、言語性IQです。言語性IQとは、いわゆる「知恵」にあたるもので、ピークは55〜64歳にあり、年を取ってもほとんど低下しません。むしろ、年齢や経験を重ねると、若い頃にありがちな細部への拘りが消え、物事の全体がよく見通せるようになるかもしれません(プロスポーツの監督にはお年寄りもいますね)。


動作性IQ(上に示した赤のグラフ)に、長谷川式(HDS-R)を重ね合せるとこうなります。

自作の表のため、ルックスが悪いのはご容赦下さい。また、IQ・HDS-R・重症度の対応は雰囲気で捉えてください(学術データに基づいていない)。正常加齢のグラフ(赤)ですが、先の表では74歳までしかなかったので、適当に延長しています。100歳以上では全員認知症に相当する状態になるということを考えると、だいたいこんなもんでしょう。
例えば80歳の正常加齢だと、HDS-Rは大まかにいって25点以下にはならないわけです。ところが、(アルツハイマー型)認知症がはじまると、HDS-Rのスコアが平均2.5-3点/年低下するわけですから、黒の細いラインに乗りはじめることになります。そして、未治療の場合は10年で長谷川式0点,WAIS-R 0点になります。

ポイントは、

  • 正常加齢と認知症とでは、進む速度がまったく違う
  • 認知症の始まり(前駆期)では、正常加齢との区別が付きづらい事があるが、1-2年経つと、どちらなのかはっきりする

ということです。

*1:老年精神医学雑誌 Vol.22-10:1117-, 2011

*2:Kaufman AS et al.: Age and WAIS-R intelligence in a national sample of adults in the 20- to 74-year age range; A cross-sectional analysis with educational level controlled. Intelligence, 13: 235-253, 1989