5.FAST / 病期判定

認知症の外来をやっていると、「この先どのように症状が進んでいくのか」と尋ねられることがよくあります。今まで当たり前のようにできていた事ができなくなり、新しい記憶だけではなく昔の記憶も脱落していくのですから、その不安や恐怖感は当然です。患者さんやご家族によっては、先の見通しを立てておきたいという方もいらっしゃるわけです(一方で「知りたくない」と否認される方も多いです)。
FAST(Functional Assessment Staging of Alzheimer's Disease)*1は、30年も昔に考案された、日常生活の様子(機能)によってアルツハイマー認知症の病期を判定する評価表です。
とてもよくできています。元来はアルツハイマー用なのですが、他の型の認知症でもだいたいこの経過で進みます。段階を飛び越えて、例えばステージ3の症状を満たさずに、ステージ5の症状が出ることは通常ありません。

FAST 臨床診断 特徴
1 正常 主観的にも客観的にも機能低下なし
2 年齢相応 物の置き忘れの訴え、喚語困難
3 境界状態 他人が見て、仕事の効率低下がわかる
日常生活では機能低下は顕在化しない
4 軽度のアルツハイマー認知症 社会生活・対人関係で支障を来す
将来の計画を立てたり、段取りをつけることができない
日常生活では支障は目立たない
時間の見当識障害あり
しばしば、うつ状態
服薬の管理は困難
物盗られ妄想で気づかれることがある
カードで買い物ができない
特定のところ以外は電話ができない
銀行通帳の取扱いは困難
5 中等度のアルツハイマー認知症 日常生活でも介助が必要
気候に合った服を選んで着ることができない
理由なく、着替えや入浴を嫌がる
場所の見当識障害
帰宅妄想
やたらに外出しようとする
6 やや高度のアルツハイマー認知症 不適切な着衣、着衣に介助が必要
靴ひも、ネクタイは結べない
入浴しても、体を洗うことは困難
人物の見当識障害(同居していない家族)
徘徊
7 高度のアルツハイマー認知症 日常生活でも常に介助が必要
同居している家族もわからなくなる
簡単な指示も理解できない

私も子育てを始めてから実感を深めたのですが、認知症の進行(=FASTのステージの上昇)は、かなり正確に乳幼児の発達の逆の道を辿ります。これについては後の項で更で紹介しますが、このポイントを押さえておくことで病状や患者さんに対する適切な対応が理解しやすくなり、介護の負担も減ります。

いつくか補足しておきます

  • 喚語困難:「あれ、それ」と物の名前が出てこない
  • 物盗られ妄想:大事な物を自分でどこかにしまっておいて、「しまった事実自体を忘却して」盗られたと人のせいにする(対象は、日常いつも介護していたりで距離が近い家族の場合が多いです。たとえばお嫁さんとか)
  • 気候に合った服を選んで着ることができない:夏なのに服の重ね着、冬なのに半袖
  • 理由なく、着替えや入浴を嫌がる:いつ入ったのか覚えていない。何週間も入浴しない
  • 帰宅妄想:家にいるのに、自分の家に帰るという
  • やたらに外出:一時間前に外出したことを覚えていない。迷子にはならない
  • 徘徊:徘徊の定義は、無目的な歩行です。空間認知能力の低下や地誌的失検討を伴うと、結果として迷子になり、警察に保護されたりします。

次の項では、FASTとHDS-Rとの関連について述べます。

*1:Reisberg B:Functional staging of dementia of the Alzheimer type. Ann NY Acad Sci Vol.435 481-483 1984

4.改訂長谷川式簡易知能スケール(HDS-R)

「長谷川式」は本邦の長谷川和夫先生が開発した、3〜5分くらいで行うことができる簡易検査です。満点は30点
オリジナルはこちら↓

http://www.treatneuro.com/wp-content/uploads/hdsr.pdf

以下は実際の診察での言い回しを取り入れています。場合により検査8と9を逆転して行うことがあります。

1 年齢 年齢は?(±2才は正解とする) 0 1
2 時の見当識 今日は何年何月何日ですか?何曜日ですか? 0 1
0 1
0 1
曜日 0 1
3 場所の見当識 ここはどこですか?(自発的に出れば2点、5秒おいて家ですか?病院ですか?施設ですか?のなかから正しい選択をすれば1点) 0 1 2
4 即時記銘力 これから言う3つの言葉を繰り返して言って下さい。あとで聞くので覚えておいて下さい。 0 1
0 1
電車 0 1
5 計算 計算です。100から7を引くと? 0 1
それからまた7を引くと? 0 1
6 数字の逆唱 僕がこれから言う数字を、逆から言って下さい。たとえば1-2-3といったら反対から3-2-1というように答えて下さい 2-8-6 0 1
9-2-5-3 0 1
7 遅延再生 さっき覚えてもらった言葉をもう一度言って下さい(自発的に回答があれば1点。無い場合は、「ヒントです。植物と、動物と、乗り物に関係する言葉です」とヒントを与える。ヒントで正解なら1点) 0 1 2
0 1 2
電車 0 1 2
8 即時記銘力, 物品の記銘 これから5個の物をお見せします。すぐにしまいますので、なにがあったか覚えて下さい 0 1 2 3 4 5
9 流暢性 最後の質問です。知っている野菜の名前をできるだけ沢山言って下さい(詰まり、10秒待っても出ない場合は打ち切る) 0-5個=0点 6個=1点 7個=2点 8個=3点 9個=4点 10個=5点 0 1 2 3 4 5

同じような検査として「MMSE」がありまして、国際的には(また、研究領域では)MMSEのほうがメジャーであります。しかしながら、私はHDS-R推しです。なぜならば患者さんのプライドを傷つけることなく、限られた診療時間内で素早く行うことができるからです。また、両者を比較するとHDS-Rのほうが認知症のスクリーニングに有用であったというデータがあります*1が、両者の相関は非常に高いので、どちらを使っても同じようなものです。
この検査だけでもある程度の病型診断や状態の把握が可能です。ざっくり言うと、

  • 例えば80歳の方に年齢を尋ねて「75歳」と誤答したならば、75歳ごろから軽い物忘れが始まっていた可能性がある
  • 認知症の前段階(MCI)だと、「3」で病院名を答えられない事がある(かかり付けの場合は除く)。また、「7」が少し弱い。
  • アルツハイマー型だと、「2」と特に「7」が答えられない。初期でも「7」は弱い。
  • アルツハイマー型だと、答えられない場合に「気にしてないから」とか取り繕ったり、家族にそれとなく答えを求める(head-turning sign
  • 脳血管型等の皮質下認知症だと、検査に時間がかかり、「5」「6」「9」が弱い
  • 両方合併すると、「2」「7」に加え「5」「6」「9」が弱い
  • 認知症なしの軽度〜中等度うつ病だと、「5」「6」「9」が弱いが時間をかけると満点近くとれることもある

等々です。

このテストの満点は30点で、20点以下で認知症の人を90%ピックアップできるということになっています。
しかし現実的には、25〜26点を下回ると、認知症あるいは認知症の前段階の可能性が高いです。
アルツハイマー型だと、一年で平均して2.5〜3点ずつ点数が下がります(あくまで平均です。いろいろなケースがあります)。つまり、10年経つと0点です。
1ヶ月おきにやっても仕方がないので、一度診断を付けたのちは、私の場合は概ね4〜12ヵ月おきに行っています。
ご本人が「軽い物忘れ」を気にして受診された場合、24〜26点くらいのケースが多いです。一方、ご家族が「軽い物忘れ」とおっしゃっている場合でも、16点程度まで低下しているケースも珍しくありません。私の経験では、今まで長年一人暮らしをしてきた人にいろいろな問題(買い物ができず食事を規則的にとれない、風呂に入らないなど)が生じ、ヘルパーさんなどのサービスを相当手厚くしないと一人暮らしが難しくなるのが、12点くらいです。一桁になるとサービスを利用しても独居は相当難しいでしょう。

HDS-Rに関してはFASTとあわせて、後の項で更に詳しく説明します。

*1:Kim KW et al. Diagnostic accuracy of MMSE and Rivised HDS-R for AD. Dement Geriatr Cogn Disord. 2005; 19(5-6):324-330.

3.認知症の種類と初診時の診療の進め方

認知症にはいくつかの種類があります

http://www.mental-navi.net/figs/fig_nc_n203.gif
http://www.mental-navi.net/ninchisho/rikai/shurui.html
メンタルナビ

ここにはアルツハイマーが50%とありますが、当院の外来診療における実臨床では、

といった比率になっています。
つまり、ほとんどがアルツハイマー認知症なので、初診においては

患者さんがどのくらいアルツハイマー認知症っぽいか

という観点で診療をすすめて行きます。診察や検査で「アルツハイマーらしさが少ない」「アルツハイマー認知症とは異なる印象を受ける」点が無いかをみていきます。

私の場合、診断を主目的とした初診においては以下の手順で診療を進めることが多いです

  1. 頭部単純CT検査(MRIを撮る場合は省略)
  2. 挨拶・受診目的の確認
  3. 本人に生活史等の確認(同伴者との関係、出生地、兄弟の数、結婚の時期、子供の数・性別・現在の居住地、現在誰と暮らしているか・何の仕事をいつまでしていたか)→認知症が比較的進んだ状況で障害される遠隔記憶がどの程度保たれているかの確認
  4. 糖尿病・高血圧・「高脂血症」・心臓病・腎臓病等といった、認知症の危険因子である動脈硬化を進める合併症の有無と内服薬の確認
  5. 食欲・睡眠・便通など、うつ病/うつ状態や身体疾患に起因する異常所見がないかの確認
  6. 改訂長谷川式簡易知能スケール(HDS-R)【後述】→認知症の早期から障害されることが多い、見当識障害・短期記銘力障害等の確認。その間に、付き添いの方にFAST【後述】の確認
  7. 診断等の説明
  8. 必要に応じて採血・MRI(検査室の空きがあれば、当日撮ります)を追加
  9. MRIを行う場合は、次週以降、改めて診断等の説明

要する時間は概ね10〜30分程度です。一連のやりとりの中で、患者さんの受け答えの方法も診断の材料として観察します。画像検査が無くとも、5番目の段階で8割方どの病型の認知症かという判断が付きますが、症状・経過・画像検査を総合することで診断の精度が上がります。

2.認知症の有病率

認知症の人はどのくらい居るのでしょうか?
下の表をご覧下さい。左側が男性で、右側が女性です。


臨床神経 2012;52:962-964

この表は、臨床的な実感とも合致しています。
つまり、

  • 60代前半で認知症:かなり珍しい。若いのに気の毒
  • 60代後半で認知症:割と早い
  • 70代前半で認知症:ある
  • 70代後半で認知症:初期の診断例としては、一番多い
  • 80代前半で認知症:あって当たり前
  • 80代後半で認知症:無い方が珍しい
  • 90代以降の認知症:ちゃんと調べれば、全員認知症

こんな感じです。

上の表を、ざっくり別のグラフに示すとこうなります。

患者さん(や、そのご家族)にはこんな説明をしています。

  • 60代前半では、2%くらいが認知症
  • そして5才年を取るごとに、ざっくりいって倍ぐらいずつ増えていく
  • 90代になればほぼ全員、100才以上は全員認知症になる
  • つまり、人は長生きすれば「全員」認知症になる(現代の医学では)
  • (昔は60代で皆死んでいたので、こんな問題は生じなかった)
  • 目がかすむ、皮膚がシワシワになる、腰が曲がる、膝や肩が痛くなる等々と同様、「老化」と捉えていただければよい
  • 認知症の前段階(MCI)の人は、更にこの数より多い
  • 同じ認知症といっても、いろいろな程度がある。ある日突然、重い認知症になるわけではない
  • 例えば、60代前半で認知症を発症して、80才になった人はかなり進行している状態だろう

*1:男性の100才以上が全員黄色(MCI)となっていますが、オレンジ(認知症)の間違いだと思います

1.認知症とは

認知症が何かということについては、日本神経学会のHPや、DSMを見ると書いてありますが、おおざっぱにいって、

  • 物忘れ(記憶力の低下、時間→場所→人の感覚が曖昧になる)があって
  • 日常生活が成立しにくくなる
  • 病気である

といったところです。
「日常生活が成立しにくくなる」といっても、ご家族のサポートがある場合と、独居の方では状況が違いますが、概ね「誰かの手助けが必要になる程度に、物忘れがある」とすると分かりやすいでしょう。

また、認知症は「MRIを撮ったら脳萎縮がある」という事だけで診断されるものではありません。診断には、以下の三つが必要になります。

  1. 認知症らしい経過(XX年前からXXといった症状で始まって、徐々に認知症らしい症状が沢山出てきた)
  2. 現症(現在の様子・HDS-RやMMSEといった簡易テストでの失点等)
  3. 画像(1,2を裏付ける変化がMRIやCTなどでみられる)

ある程度進行した状況であれば、3の画像検査が無くとも、認知症の病型に至るまで大まかな判断が付きますが、水頭症・慢性硬膜下血腫・脳腫瘍(稀)・HIV脳症(稀)・ヤコブ病といった病気は、画像検査をすればすぐにわかることが多いので、特別な理由がなければ画像診断はやはり行っておいたほうが良いでしょう。

著者紹介

医者(医師)になった後の経歴
1〜2年目 東京医科大学老年科で初期研修しました。高齢者の総合内科と認知症を専門とする医局です。ものわすれ外来の陪席につき、認知症の画像診断等について羽生春夫先生から教えを受けましたが、その頃はよく理解できませんでした。初期研修中には、数ヶ月ずつではありますが、精神神経科・救命科・皮膚科等をローテートをしました。特に皮膚科は、検査だけではなく第一印象(現症)や経過で診断を下すところや慢性に経過する部分が、意外に精神科との共通点があるなと後に感じました。また美しく華やかな女医さんが多く、よい思い出です。
3〜5年目 都立松沢病院精神科で後期研修しました。男性慢性期病棟・女性慢性期病棟・精神科救急病棟依存症専門病棟・小児児童精神科病棟(都立梅ヶ丘病院)・そして認知症専門病棟をローテートしました。この期間中に、東京都や区の認知症在宅医療に携わりました。ベテランの先生そして患者さんから多くの事を学びました。認知症については、松沢病院では、松下正明先生、岡崎祐士先生、齋藤正彦先生、上野秀樹先生、新里和弘先生、橋本直季先生らから教えを受けました。また豊島病院において、初期研修でローテートできなかった麻酔科の研修をしました。
6〜11年目 東京医科大学腎蔵内科に在籍しました。これまで不足していた、臨床研究について学びました。この期間中にも、松沢病院での認知症専門外来と、区の認知症在宅医療を非常勤で担当しました。
現在は、主に幸有会記念病院と稲毛病院で、内科他と認知症専門外来の診療に従事しています。

医師になって2年間は、どの科に進んでも医者として必要な、ルールやお作法を学ぶ期間です。専門科に進み更に3年経つと、その専門科についての診療を一通り一人で行えるようになります(専門医レベル)。もう3年くらい経つと、その科についての個々の知識が結びつき、全体像が見えてくるとともに、技術や知識を他人に効率良く伝授できるようになります(指導医レベル)。専門医制度については今後「改変」が予定されておりますが、私が修行期間中に取得した「資格」について簡単に記載させていただきます。

認知症・精神科関連

  • 老年精神医学会 指導医
  • 精神神経学会 指導医
  • 総合病院精神医学会 専門医
  • 精神保健指定医

内科関係

  • 透析医学会 指導医(申請中)
  • 腎臓学会 専門医
  • 内科学会 認定医
  • プライマリ・ケア連合学会 指導医

その他

  • 麻酔標榜医
  • 産業医
  • 日本感染症学会推薦 Infection Control Doctor
  • 旅行医学会 認定医

おまけ

ほか